ボロボロ皇帝のボロ切れと塊

ボロボロ皇帝が悪態、嫌み、好み、何でも己の視点だけで自由に吐く「偏」な場所。たまにExcel、家電、音楽等についても好きに吐いてる。

ボロボロ皇帝が悪態、嫌み、好み、何でも己の視点だけで自由に吐く「偏」な場所。
Excel、家電、音楽、ゲームイラスト小説映画、性癖について等、何でも好きに吐いてる。

どうでも良いかもしれんが背景色変わっていくの見てくれ。
更にどうでも良いかもしれんがアイコンが息してるの見てくれ。


我輩は何にも制約されない身、
「耐えぬ」事を恐れないと決めたのだ!
我輩は好きなときに悪態をつく!
妬み僻み嫉みを背負い、
マイナーだろうが邪道だろうが
我輩は我輩の道を行く!
好きなものは懸命で不器用な諸君,
嫌いなものは器用で完璧を気取った奴らだ。
         

【やっと少し答えが見つかった】戦争を許容しない事の重要性を認識した 〜昔とは違う、物理ではなく仮想的なネットという繋がり、その利点は多分デカい〜

⚠注意⚠これは我輩の思考整理である。知るほどに分からなくなること、見失いそうになることを、忘れないようにしているのだ。

 

 

一昨日(というか昨日の夜中2時頃)、

こちらを読んだ。

 

ここずっと、ウクライナとロシアの状況海外系のLIVE更新されるサイトで見ては落ち込んだり、絶望的な気持ちになっていた。

ただ見ているだけの己(何ができるわけでも無い)。

戦争は駄目、皆で平和を叫べと言っても戦争起きたし

プーチンひとりに翻弄される世界。

もう終わりだ…。

 

そんな気分である。

 

だが、先の日経の記事を読んで、

多分声を上げることの重要性とは、今だからこの現代だからこそ通用するものかもしれないと、今更ながらに気づいた。

何言ったって蟻みたいな我々の声なんて無意味やんけ…。

分かったつもりでそんなことを思っていたが、重要な事を見落としていたのだ

 

ここは現代である。すなわちネットがある(貧困国だと話は別になる部分もあるが)

 

ネットの世界は自由だ。そして、海と陸地物理的には離れていようとネット(データ通信)という手段の無かった昔ほど国々、そして人々の距離は離れていない

例えばロシアは情報の規制、統制が厳しくなっているとのことで、中国も多少そうだが。

それでも抜け穴はある

少なくはない人数の人々がリスクを冒してでも情報を得ようとするのは物理的行為よりはやりやすい事であるからというのも、一つの理由だろう。※物理的行為よりやりやすいってのは、イタチごっこのセキュリティとハッキングのことを考えれば分かるはずだ。

インターネットの世界と繋がっている以上どんなに規制をかけても、術は必ずあり、分断されることはない。

昔、互いを敵国の人間理解不能な悪だと憎しみあったような、何も分からないままに国内の情報のみを鵜呑みにするしかなかった頃とは確実に違うのだ。

理解しようとする、知ろうとする、それができる。

 

戦争は、大体において憎しみが原動力である。なので扇動するために、相手国に対する憎しみを植えるつける。それが暴力となり武力となる。言葉での理解は無い

だが、それは昔だから通用したことで、今の世の人々は盲目じゃない。耳も目も口も完全には塞ぐことは出来ない。

 

その利点は活かせるはずだ。

 

 

ちなみにこちらは、上記の日経記事から、この衝突をどう考えるか、といった質問に対する、とあるロシア人の答えである。

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なぜこれをここに載せたかというと、

この文を読んだときに、己が無意識のうちに、起きた事態を許容しそうになっていたことに気づいたからだ。

この戦争が起きたということを、またどこかで次は、という状況を、起きるものなのだろうとして諦めの後に受け入れそうになっていた

 

分かっている、理想だけで現実は語れない。

現実見ろ、向き合え、夢語ってる場合じゃねぇぞ、と、思う人は思うだろう。確かにそうだ。守るために武装しろ、力には力で、と。

 

だがそれ自体が許容になるのではないか。

そもそも力づくでの解決は、受け入れられるべきではないのだ。

物事は会話で解決すべき

その通りなのだ。

対個人でも対組織でも、そうだと、教わってきたじゃないか。我々はだから対話を試みる。そうしないのはキチ◯イだけだって、知っていたはずだ。

 

本当に馬鹿だが、戦争は駄目→でも起きた…、からガチで思考停止していた

 

だが、繰り返すようだが、我々は現代に生きている。

現代とは素晴らしいもんで、データという手段で容易に発言力を手に入れられるようになった。昔では考えられなかった事だろう。

もちろんそれぞれに差はある。インフルエンサーと底辺な我輩みたいな感じで。だが底辺な我輩はネットがなければもっと発言力ゼロ野郎だ。

発信に注意しろ、と、よく会社でもコンプラ勉強会で言われるだろう?そういうことだ。我々はこの指一つに力を秘めているのだ!スマホ、PC、タブレット等の意。

 

それに、ロシアでネットメディアに触れる若者と、マスメディアのみに情報を頼る高齢者の間で、異なる意見が生まれているとのことからも分かる。

 

この国境を越えられるネットという媒体は、異なる地域の人々の倫理道徳価値観を、統一させる役割もあると感じるのだ。

だからきっとこの現代において、発言することは全く無駄じゃない

綺麗事ではなく、ガチで、普通に、現実的に、そうだと思っている。言語の壁も無いに等しいしな(翻訳ツール精度は感動もの※言語によるが、グローバル言語英語に関してはマジで)。

今と昔、技術の力を鑑みるのだ。

 

これらを忘れずに生きていこう。

 

※同時に過剰に溢れる情報に踊らされやすい現実も鑑みて。

 

 

 

あと最後に、

今から始まるであろう国会演説について。

この反対意見の奴らずっと騒いでるが、何勝手に国民代表意見みたいに抜かしてるのか。引く。

この、アメリカでの国会演説時に真珠湾攻撃の件を持ち出したから不快と言い出してる奴、一定数いることにはいるようで、彼らもそのタイプなわけだが。

その急にコロッと批判的になるやつを見るとマジで気持ちが悪い

痛いことを言われたから演説させませーんってか?現実逃避にもほどがある。

そもそもだ。全世界周知の事実と、その国内だけで語られてるような裏事情は全く違う

事実、過去何が起きたか今現在何が起きているか、それらの物事を感情に流され蓋をしては、盲目になる

起きた事実に関しては、何を持ち出そうが良い。説得の材料として、訴えかける手段として。

まあどうせこう意見を簡単に変えるような奴らは、どっち派どっち推しみたいな感じの軽率な感覚しか持ち合わせていないんだろう。これぞ自分たちは無関係だと思っている、アホだ。

 

ついでに尖閣諸島について持ち出している人(ウクライナが中国に軍事協力)もいるが、事態の度合いがあまりにも違う。

無人の島についてと、有人の国家について、だぞ。なんで比べようと思った。比較にならない緊急性を理解できねぇのか。

寝て食ってうんこしてられる環境下にいながら、今、口にするべきではない。

 

 

 

2022/03/23 18:00の国会演説での同時通訳全文書き起こしのリンク↓

 

 

20220902

台湾有事と軍事力強化に関して麻生太郎氏が発言したことで、色々調べてたら出てきたページ。ちなみにその時の検索ワード→今更 軍事力 煽り

戦争は権力のオモチャだ

この言葉に、ああ、そうだよな…と思った。そして国民はオモチャの駒だ。当事者として地獄を見るのは、いつの時代も権力を持たぬ民衆だけだ。

上記のページは戦争というものがもたらすリアルと驚異についてが様々な人の言葉(書物からの引用等)が載っている。

戦争が起きることによって目にするもの、その真理を詰め込んだような感じなので、タイトルで左右的嫌悪や先入観を抱かずに読んでみるといい。

 

ちなみに、他にも、台湾有事 現実的に とか、Taiwan emergency とか他中国語でも、日本以外の国でどうなのか、どう言われているのか調べてみた。が、やっぱわからん。過激なニュース系サイトでは色々言われてたりもするが(それに対してこんなしょうもないこといつまでも記事にしやがってみたいなコメントもあったので、やっぱ他国でも意見は様々なんだろうとは感じる)。

でまあ最終的に思ったのは、国土の小ささ、兵力、技術、何をとっても今更で、互角にはなり得ない状況下にあるのに、政治家が戦争について受けて立てるよう備えるといった発言をするのは、どの方面においても(対国民、対中国)、煽り以上の何ものにもならないんではないか、ということだけだ(そして不安定な気持ちで、最後に行き着いたのが上記のページである)。

金を注ぎ今よりも力を増したところで、同等ではない。そうなれば、結果は同じでただ傷が深くなるだけの【長期化】といった可能性が高い。ならば必要以上に煽る前に、中立を保ってほしいが、それはアメリカの犬状態では無理だろうしな。言えることはひとつ、とにかく二度目は嫌だ。

まあ麻生太郎氏はそもそもが典型的な権威爺さんで横柄なタイプだから、思ったことをただ言っただけなんだろうが…もうちょい配慮しろと感じてならない。

結局こういった発言から感じるのも、オモチャだ。権力者にとってはオモチャでしか無いのだ。文字通り矢面に立つのは我々国民で、彼ら権力者は、さあ金を入れろ強化せよ領土を守れ領土を奪えと、裏で操るプレイヤーの如き感覚なのだろう。

そんなもんではない駒にとっては。それに同調して、そうだそうしろと、言う国民も、どこか他人事のような感覚なのかどうかは分からんが。