4回ぐらいに分けて、印象深いおかしな客の話をしていこうと思う。
4回それぞれ違う客で、うち2名は統合失調症と思われる。軽度っぽいのが1名、重度っぽいのが1名だった。あと1名も精神疾患抱えていそうだったが、我輩には何なのかわからない。もう1名は微妙、統合失調症っぽさはあるが比較的平和っぽいことも言っていたので、ヤク中かただの虚言癖だったのかもしれない(今回はその人の話)。
彼らは話すとおかしさが溢れ出てくる。そこは共通だが、害の有無は半々といったところだろうか。軽度っぽい人たちはまだ害は少なく(仕事の邪魔程度)、重度っぽい人ともう1人の何か患ってそうな人物は結構な害があった。
ちなみに、まともなふりした害悪客の方が世の中にはたくさんいるが*1、
そういう客の話はあまり面白くないためか、よっぽどじゃないと*2そんなに腹が立たないからか、忘れてしまう事が多い。
なぜあまり腹が立たないかと言うと、あくまで客だしと分けて考えるクセがあるからというのと、腹立つよりどうするかを考えるので忙しいからだろうか。
あと、正直、客相手より、同業者や同じ社内の人間に対しての方が腹立つことが多い。同じ会社で働いてる人間として、何言ってんだコイツ!?と思うことが少なくないのだ。酷いときは、殺意は沸かないにしても、心から「どうか心身共に不幸な目にあってくれ」と願っている。
というわけでクソ長い前置きだったが、
さっそく印象深いおかしな客①について話していこうと思う。
これは我輩が入社1年未満の頃の話だ。売り場に立ち、量販店員をしていた若き我輩(18、9歳)。
ある日、我輩はジジイになりかけのおっさんな客(以下ジジイ)につかまった。
ジジイの髪は白髪混じりでボサっと伸びていて、清潔とはいい難い、直球に言えば小汚い風貌で*3、目はクリッとしていたように覚えている。ジジイに対してクリッとした目、という表現はいかがなものかとは思うが…まあ小さくはなかった。あと前歯は欠けていたような。
そんなジジイの客はこう言った。
「テレビの中の人が話しかけてくるんだよ!こんな機能は要らん!!」
我輩は返した。
「Skype…のことでしょうか…?」
店内に人は少なくはなく、ちょっと忙しいぐらいの状況であった。
ジジイにSkypeというテレビ電話のようなもので、家族や知り合いと話しているのかと訊ねるが、そういうのじゃないと言い張る。
なんのこっちゃだったので、とりあえず型番などを確認すると(多分購入情報を確認したと思う)、32型の製品、一応ネットワーク機能は無し。あったとて、なのだが。
我輩は困った。
「そのような機能は…ついてないはずですが…」
なぜこのように控えめに言ったかというと、人と人とは得てして、意思疎通が上手くいかないものである。つまり、もしかしたら自分が思ってることと、相手の言わんとしていることは、違うのでは?意味を履き違えているかも?という僅かな(相手がまともである事への)望みを掛けて、このような言葉選びになっているのだ。
ジジイは語気を荒げて言った。
「いや!ついてる!テレビの中の芸能人が話しかけてくる!迷惑だ!そんな機能ほしいなんてひと言も言ってない!その機能が無いものをよこせ!」
これは…
これはきっと頭おかしい人だ…
そう思った我輩。だが誰も助けてはくれない。
我輩がこのジジイにつかまって妄言を聞かされていようと、知ったこっちゃないと言わんばかりだ。我輩は思った。
ならばとことん聞いてやろう。
「そうですか、どういう状況で…」
「テレビの中から芸能人が、挨拶してくるんだよ」
すげぇな…挨拶してくれるのか、いい機能じゃないか…
とか思いながら、それでそれでと話を聞く。
「挨拶、ですか…」
「そうだ、みんなこっちを見てる。ずーっと見られてる。寝ようとしても挨拶してきて」
寝ようとしても起こされちゃうほど、大人気なジジイ。
「大変ですね…」
相槌を打ちながら、そう同情の言葉を伝える我輩。
「そうなんだよ、大変だよ、無視してるんだけどさ、話しかけてくるんだよ」
ジジイはやや興奮気味である。
我輩はとりあえず、現実的な話も絡めてみた。
「その機能が無いものをお探しなんですね」
「うん」
「であればここに並んでいる製品、全てその機能はございませんが…」
「そうか」
「はい」
「ならいいけどな…」
ジジイはちょっとどうでも良さそうに返事をする。
お前が求めてるテレビの話をしているのに、なんだその食いつきの悪さは!もっと喜べよ!
そう内心憤慨している我輩のことなど気にもせず、ジジイは妄言を続ける。
「和田ア○子も話しかけてくるんだぞ?」
なんだかここだけの話し風にそう言い出すので、
「えっ、そうなんですか…!」
我輩はとりあえず驚きっぽい返事をしてみた。
「和田◯キ子も、さ◯まも、な?みーんな話しかけてくる」
どうも様子がおかしい。
なんだかジジイ、自慢げなのである。
「みんな話したことあるよ。◯輪明宏も知り合いだよ?みんな俺を知ってるからな」
あ、これ自慢だ。芸能人と知り合いなんだ(妄想)って自慢してるんだな。
今自分は、一体何を聞かされているんだろうか、そう我に返りそうになりながらも、
「凄いですねぇ」
肯定も否定もしない言葉で、とりあえず話を合わせてみる。まあ知り合いかどうかなんてどうでもいいし、我輩には肯定も否定も、する権利はない。
「そうだろう」
ジジイは優越感に浸っているようであった。
だが次の瞬間、思い出したかのように、
「でもそんな機能は要らないんだよ!普通のテレビをくれ!」
また強い口調になりそう言い出す。
振り出しに戻る会話。
そろそろ飽きてきた。さすがにもういい。それにこのままだと仕事に戻れない。
そう思った我輩は、こちらからも仕掛けてみることにした。
「そうですよねぇ、要らないですよねぇ…」
そう同調した上で、
「こちらにあるものは全てそのような機能はありませんので…見ていかれますか?」
新たな行動を提案する。これは、やや賭けのようなものだった。
「あー…」
渋るジジイ。
「すぐ向こうがテレビコーナーですので」
促す我輩。
「考えとくよ」
良かった!
安堵する我輩。
そうして、我輩の押しに買わざるを得なくなると怯えたのか(というかテメエが欲しがったんだろ!と思うが)、
「ありがとうね」
ジジイは、それでも満足げに、そして心なしか嬉しそうにそう言って、去っていった…。
まあジジイは多分話を聞いてほしかったんだろう。あんな話、普通は誰も付き合わないだろうしな。
我輩はおかしな人がいかにおかしな事を言うのか、そんなことが気になるので興味本位で聞いてみたが、世の中にはやっぱホンモノがいるんだなと、ちょっと感動したのを覚えている。
にしても元から買うつもりは無かっただろうが、本当に、テレビコーナーに行くことを拒んでくれてよかったと思う。あれがある意味、ジジイのまだまともな部分だったとも言える。もっとヤバくなると絶対テレビコーナーにまで行った上で妄言吐き続けるだろうからな。
ちなみに、あのとき我輩は、万が一買うとか言い出したらどうしよう…、なんてことも考えていた。万が一買っても、彼の脳内で響く声が無くなるはずはないし、そうなると「やっぱり声が聞こえる!」とか、ガチのキチクレームを入れてきて、とんでもないことになってしまう…と。
まるで願いが叶って成仏する霊かのように、消えた(立ち去っただけ)ジジイが、どうなったかは知らない。
知らないが、とくに悪くはない思い出である。